ひとりごと

アラフォーからアラフィフへ片足突っ込んだ独身40女。
未だ1人で生きて行くことに腹をくくれないこじらせ女のひとりごと。

8月12日

32年前の今日。

日航機が御巣鷹の尾根に墜落しました。

中1の夏でした。

翌日、部活に行く用意をしていると顧問の先生から当分の間部活は中止と電話。

市内の中学の体育館がご遺族の方達の待機所になったから。

高校の体育館は身元不明…というか部分遺体の安置所になった。

子供だった私は事故の重大さよりも夏休みの間、部活がなくなったことの方が大きくて…正直、部活がなくなってラッキー!くらいにしか思っていませんでした。

でも、今も忘れられない光景。

高校の体育館の裏に置いてあった空だと思われる柩と別の高校の前を通ったときに漂う御線香の匂いと読経の声と木魚の音。


夏休みが終わる1週間前には身元の確認も終わり、いつもの日常がやって来た。

そして、結局夏休み中に部活は復活。

子供だった私はガッカリしたのを覚えてる。


本当に子供だったな。私。

あれから32年経つけれど、今は、ただただ亡くなった方達のご冥福祈るばかりです。合掌

実家に帰る

ここ最近帰ってなかったので、お盆だしそろそろ電話が来るだろうなぁ。なんて思っていたら、案の定、母親から電話。


買い物に連れて行ってと。

なので、簡単に掃除を済ませて実家へ。

うちから実家までは車で30分くらい。

到着して、母親を車に乗せて和菓子屋、スーパーとハシゴ。

車の中で母親は、ずーっと兄家族や父親の愚痴を吐いてました。


80を超えた父親と80近い母親。

周りでは、親の入院や介護の話も聞こえ始めて来ているこの頃。

ありがたいことにウチの両親は呆けもせず、人の手を借りることなく生活している。

母親に至っては、今だに家族の食事の世話もして、自分の兄姉が具合が悪いと聞けば病院に行き、付き添いまでしている。

正直、母親には敵いません。

だから、たまに帰ったときは愚痴くらい聞いてやらないとな…と改めて思いました。

両親にはこれからも元気で長生きしてほしいものです。


私の仕事運

まだ学生だった頃、友達と行った占いで、

「男だったら出世するのに…」

と言われ、20代後半で会社の同僚だった友達に占い師の友達を紹介してもらい、言われたのが、

「仕事には困らない。仕事運を邪魔するものは何もない。」

と言われ、今に至っている。

でもって、実際のところどうかと言うと…当たってます。


仕事に困らないと言われたあと、職場の派閥争いに巻き込まれ、まさかの転職。

1年は休もうと決めて、職業訓練校に通い、半年、お金を貰いながら勉強したりアロマの勉強したりしながら、キッチリ1年休んで派遣になったのが、35歳のとき。

最初の派遣先で1年もしないうちに社員登用の話があったが、それを理由に派遣会社に派遣先の変更をお願いして、別の派遣先へ。

ここは仕事は大変だったけど、仕事の内容は楽しかったし、人も良かった。

でも、時代の波に乗れず、業績悪化で3年で契約終了。

間を空けず、すぐに次の派遣先へ。

ここの仕事は苦痛だった。

早く契約切ってくれないかな。と思っていたら、1年もしないで、業績悪化で契約終了。

私はホッとしたけど、会社の方針で派遣会社単位での契約切りだったらしく、派遣会社によっては残った会社もあり、残ってほしい人が切られ、残ってほしくない人が残ったらしく、課長には本当は残したかったのに…他の会社に取られるのが悔しい。とまで言っていただく。

そして、今の会社に派遣で入ったのが40歳になる年。

入ってすぐに、元部長に可愛がってもらい、いろいろ仕事もさせて貰うようになり、正社員登用の話をいただいたのが42歳になる年。

先を考え、上司も良い人だしありがたく正社員になり現在に至る。

正社員になって3年。

時代の流れで、職場も女性活躍促進を謳い始めた昨年から待遇が大きく変化。

職制ランクが去年、今年と異例のスピードで上がり、今まで避けてきた試験を受けざるを得なくなった。

まさか、こんなことになるとは…


まぁ、仕事をしたくてもなかなか見つからない。っていう人も多いなか、途切れることなく、仕事ができることはありがたいことなんだろうな。

そして、昔の占い結果、仕事に困らないっていうのは、当たってるんだろうな。